『Gioia di morire』




 彼女は生者でありながら、“生”を毛嫌いし、“死”に執着していた。
 葬式用の黒衣を常々纏い、寝る時は寝台ではなくお手製の棺で枯れた花々に埋もれて眠る。日課は墓地に赴き死者に祈りを捧げること(独特の生温かさと重さを持った地下墓地の空気が特にお気に入りらしい)、死者への供物を愛でること。それだけでは飽き足らないのか、厚い暗幕によって日の光を徹底的に拒んだ部屋にはどこから集めてきたのか知れない無数の髑髏(しゃれこうべ)が転がっており、死臭のような甘ったるい香りがむせかえるほど室内に充満している。

 それは一言で表すのならば……そう、“異常”だった。
 彼女の周りは常軌を逸するほどの“死”で覆いつくされていた。

 ある時、僕は訊いてみた。
 何故そんなにも死を得ようとするのか、おかしいとは思わないのか、と。


「思わないわ。それに死を得て生きているのは私だけじゃない、他の皆だって同じでしょう。生けるもののエネルギー源は何? 水、そして植物や動物の“骸”ではなくて? この世界のありとあらゆる生き物は死したものによって生かされている。まあ、確かに私は他の人よりも死への拘りが強い。けれど、ただそれだけに過ぎない」


 黒衣よりも真っ黒で鋭い瞳を真っ直ぐに、実に淡々と、彼女はそう即答した。
 重ねて、僕は訊いてみた。
 死したものが、死者が、怖くはないのか、と。


「逆に問うけれど、どうして死を恐れるの? 死は何人にも訪れる平等なもの、疎まれるべきではなく愛されるべきもの。決して悪さをするわけではない、生に与えられる最後にして最大の守りだというのに。それに私からしてみれば生者の方が余程怖い。……生きているものは、本当に、恐ろしいわ」


 暗幕よりも真っ黒で艶やかな髪を舞わせて、少し俯きながら、彼女はそう即答した。
 さらに、僕は訊いてみた。
 そう言う君も、れっきとした生者ではないか、と。


「そうね。だから私、私が大嫌いなの。こんなにも死に近く在ろうとしているのに生きているんですもの。でもその点、貴方は気に入っているわ」


 どういうことか、と。
 そう訊き返すより前に、限りなく死に近い色を全身に揺蕩えた彼女は、それまでの能面のような表情をふっと崩して薄く微笑んだ。僕が初めて見る、彼女の“生きている”表情だった。


「いえ、気に入っていると言うよりは好きだと言った方が正しいわね。――だって、私のすぐ傍に在る貴方は、」







ブラウザを閉じてお戻りください。





IE6.0- Font Size M JavaScript ON Stylesheet used Copyright©2008- Syuna Shiraumi