『祈り』





「……また、祈っているの?」


 不意に甘やかな、しかし慈悲の無い声音を背に衝き立てられて、私の肩は小さく跳ねた。
 この声の主は朝も昼も夜も自分と共に在る者だ。今更振り返って顔を見る必要など無い。
 そう直感的に思考を纏め上げた私は無言で目線だけを彼に刺した。


「また、じゃなくてまだ、の方が的確か。ねぇ、“まだ”祈っているの?」
「そうよ」
「君は愚かだね。祈れば何もかもが上手くゆくとでも思っているのかい?」


 今あるだけの力を全て注ぎ込んで睨みつけた筈なのに、彼は眉を微小たりとも動かす事無く更なる残酷な台詞を紡ぎ続けている。
 その台詞に呼応するように、私の中心に通っている“何か”が爆発した。


「そんな事思ってるわけないでしょう!? では逆に訊くけれど、この状況を見てどうして貴方は祈らずにいられるの? 世界が――全てが無に帰している最中だというのに!」
「……祈るというのは自身の願いを神に叶えてもらうための行為だ。それなら神は一体誰に祈れば良いのだろうね?」


 そこで初めて、私は彼の顔を見た。


「僕は祈らない。祈れない。――だって僕は、神だから」


 崩れ落ちてゆく世界の悲鳴が轟き渡っている。




 彼は――神は微笑(わら)って、泣いていた。










人間は自力ではどうにもならないような願いを叶えて欲しい時に、「神様、お願い!」と祈ることがある。
 僕はその祈りを叶えてあげることは出来ても、自分の祈りを叶えてもらうことは決してない。
 何故なら僕は“神”――祈る対象を持つことを許されていない、世界の最高位だから。
 祈りたい。でも、祈らない。……祈れない。







 “物書きさんバトン”内に包含されていた煌月様からのお題『祈り』(制限文字数500字)を拙いながら書いてみました。
 今まで神と共に見守ってきた世界の破滅を何とかして食い止めたいと願い、無駄だと解っていても祈り続ける神の侍女。
 この破滅を防ぎたいとどんなに強く想っていても、自らが創造した世界の終焉を見届けることしか出来ない神。
 ――神は一体誰に祈れば、その願いを叶えてもらえるのでしょうか。












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