『to. アンとユエ
 君達のおかげでサーカス団初めての公演は大盛況に終わった
 この花は私のお礼の気持ちだ。受け取ってくれ
                           from. 団長』




「おねえちゃん、すごいねこの花束!」
「うん、ホントにきれいだね」


 大勢の観客がすべて捌けてもなお、熱気の残るステージ。演目を無事終えた団員達は各々にくつろぎ、小道具や大道具のメンバーたちが慌ただしく片付けと修理に勤しんでいる。
 その裏側で、人の顔の大きさを優に超えるほどの花々を前に、華やかに着飾った姉妹が並び立っていた。ひとつは深紅の薔薇を基調とした花束、ひとつは白のマーガレットを基調とした花束。それぞれに合った別種の花も交えられ、それは見事と言うより他にない。
 興奮冷めやらず、感極まる、といった様子で、妹は勢いよく薔薇の花束を抱きかかえる。


「訓練厳しかったけど、頑張ってきただけの甲斐はあったよね! さらには団長からの花束かあ。とっても嬉しいなあ!」


(だって真面目で厳格なあの団長が。あたしの好きな、大好きな、団長がくれたんだもの、嬉しくないわけがないじゃない。ああもう幸せだなあ……団長、だいすき!)


 ね、おねえちゃん、早く帰ってこれ部屋に飾ろうよ。
 「大好き」という甘い想いにふわふわと浮かされながら、上機嫌でそう姉に声をかけようとした時。


「……そうだね。団長だって今日まで大変だっただろうし……後でお礼を言わないとね」


 妹は見てしまった。
 姉が慈しむような美しい声音で、少しだけはにかんだのを。花束からマーガレットをそっと一輪だけ抜き出して、愛おしそうに目線を落とすのを。
 嗚呼、それはまるで――


(……大丈夫。あたしは何も知らない。知らないのに、何か起こるはずなんか無いわ)




目を逸らせ。耳を塞げ。
軋む恋心に蓋をせよ。
“無知”で全てを否定せよ。
そうすれば何も無かったことになるのだから。
このまま甘く幸せな想いを抱いていられるのだから。

例えそれで、仮初の安寧しか得られずとも。
例えそれが、惨劇の一歩目となろうとも――







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