【 Gestrice 】


 紳士淑女の皆さま、こんばんは。
 この度はこのような劇場(トコロ)まで、ようこそお出でくださりました。
 道中、険しくはありませんでしたか? お辛くはありませんでしたか? 起伏のある道のりに加え、近頃は空も大気も大地もやたらと騒ぎ立てることが多いですから、さぞや大変でしたでしょう。お察し致します。
 折角いらっしゃったのですから、今宵は此処で、皆さまが今まさに座られているお席で、心ゆくまでゆっくりとお寛ぎくださいませ。
 お時間など心配なさらずとも。夜は得てして残酷なまでに長きものなのですから。それほどまでに時刻を気になさるのであらば、その腕時計、外してしまわれても宜しいのでは?


 さて、本日ご用意致しました演目は、ワタシがいくつかの世界を渡り歩いて気まぐれに拾って参りました、八つの小さなお話たちです。
 この話たちについて、皆さまの中には「茶番劇だ」と感じられる方もいらっしゃるかと存じます。ですがそれでも良いのです。皆さまの内に誰一人としてまったく同じ人物がいらっしゃらないのと同様、感じ方は一人ひとりにつきそれぞれ、十人十色。そっくり似ているものがあったとしても同じにはなり得ない。万一同じものがあったとしてもふとしたことで滑稽なほどに容易く(ヒビ)が入り崩落する。それ自体が一日の間に、いえ、瞬きの間に様変わりすることも珍しくはない。例え同じでありたい、変わりたくないと泣き喚いても、「その時」は慈悲の欠片もなく微笑む。
 論ずる勿れ、受け止めてくださる理解者さまがいらっしゃるのならばそれに越したことはございません。しかしつまらない、取るに足りない、莫迦げている、受け入れるなど不可能、というのもまた、大切にされるべきひとつの感じ方。ですからお気に召されなければご自由にお帰りいただいても一向に構いません。その際は他の皆さまのご迷惑となりませんよう、お静かにご退出願います。


 ……え? お前は誰か、と?
 申し遅れました。ワタシはこの劇場を統べる支配人でございます。演目が終わるまで、皆さまの記憶の片隅にとどめておいていただければ幸いです。
 からかうんじゃない、まだ子供(ガキ)ではないか、と?
 いえいえ、からかってなどおりません。此処は愛しき我が劇場(テアトロ)。幼くとも正真正銘、ワタシは支配人でございます。
 すぐに信じてもらえぬのも無理はないことだと、子供とて子供なりに解っているつもりです。全ての幕が下りるその時には誰しもに認めていただけるよう、精進するのみですね。


 演目に対するお支払いは後ほど……ああ、持ち合わせに不安を覚える方もどうぞご安心くださいませ。代金は一銭たりとも頂戴しないのが此処の方針ですので。
 そうですね。税、維持費全般は目に見える費用の典型例。その上ただ呼吸を繰り返して其処に在るだけで、金はひらりひらりと舞い飛んでゆく。下手をすれば呼吸を忘れ其処から発った後も。経営が甘ったるい砂糖菓子でないことは日々痛感致すところです。
 だからと言って、だからこそ、ワタシは金にとんと魅力や価値を見出せないのですが……ええ、本筋から逸れて参りましたね。皆さまのご指摘の通りです、申し訳ございません。


 拙い前口上ではありましたが、静聴いただきありがとうございました。
 それでは、本日の公演の開幕でございます。次は各々のお話の幕間でお会い致しましょう。


 八度上がる幕、八度訪れる小さな喜劇的結末(メデタシ)――
 願わくば、皆さまにほんの少しでも愉しんでいただけますように、また悦んでいただけますように。





<T 今日の演目は残支配>


>>> Intervallo  I → II  (幕間へ進みます)
>>> Ingresso  (入口へ戻ります)


IE6.0- Font Size M JavaScript ON Stylesheet used Copyright©2008- Syuna Shiraumi